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この大罪。あなたなら赦すことができますか?(アウシュビッツ)

<ポーランド編その2ーアウシュビッツ強制収容所> 





今日はポーランドのクラクフより2時間程度のところにある

アウシュビッツ強制収容所にやってきました。



TAI_4094-001_2_tonemapped.jpg 



こちらが入り口。

「ARBEIT MACHT FREI」=労働は自由をもたらす

を書かれたプレートくぐって施設内に入ります。
TAI_3986_20131022083221b50.jpg 


アウシュビッツは、第二次世界大戦中である1940~1945年にかけて現在のポーランドに
作られたドイツ(ナチス)占領下の強制収容所です。


この収容所には、ユダヤ人、ポーランド人、ロマ(ジプシー)反ナチス活動家、同性愛者
などを捕らえ送り込み過酷な労働をさせるために連れて来られました。


TAI_4009.jpg
毎日、数えきれない人々が電車に乗って連れてこられる。



戦時中の強制収容所というと各国にあり、

捉えた敵の兵士を死ぬまで働かせるところですが


このアウシュビッツは同じドイツに住む人間も捕らえ強制収容というより
大量に虐殺した現場として有名です。 (ホロコーストと呼ぶ)


そして特に狙いうちに処刑されたのはユダヤ人です。
TAI_4011.jpg 
それは女、子供関係なくです。


今ではこの記録を未来にまで残し、二度とこんな過ちを犯さないようにしようと
世界遺産にも登録されていますが

その理由とどんなに悲惨だったかとお話したいと思います。




.................................................................



第二次世界大戦の起こる当時のドイツは、

第一次世界大戦敗北による多額の賠償により経済が酷く悪化していました。


もちろん、賠償だけではなく数々の制限がありました。軍備も縮小され
スーパーインフレにより札束を台車いっぱいにもって行ってもせいぜいパン一切れ程度
しか買えなかったそうです。


そして、更に不意打ちをかけたのがアメリカにたんを発した世界恐慌



世界恐慌になればモノが売れないですよね。

ですが、売れないなら押し付ければ良い。

世界中に植民地を持った国は強いイギリスやフランスは強いです。
広大な土地と広く影響力を持ったアメリカも強いですね。



ドイツなんてのは、もう泣きっ面に蜂です。

どうしようもない状況で、更に悪夢を見せられたのです。

ドイツ国内では国・政府への不満も爆発寸前だったでしょうね。




その時に現れたのがヒトラーです。

彼はドイツ人の系統にあたる
アーリア人の優位性を説き、それ以外の人種を徹底的に弾圧しました。



特に目の敵されたのがユダヤ人です。

ユダヤ人はとても優秀な民族ですが、どこからともなくやってきてドイツ人以上に
裕福な生活を送ってるとしてドイツ人にもよく思われていませんでした。
(詳しくはイスラエル編も読んでください。)


ユダヤ人は、第一次世界大戦においてもドイツ国民として最前線でドイツのために
死んでいったにもかかわらず、負けたのはユダヤ人のせいにされました。
 

この徹底的な人種差別は当時の荒んだドイツ国民に心から受け入れられ、
国民全体としてユダヤ人の徹底的な排除へ動きと変わっていったのです。

とにかく今の悪い現状において不満をぶつける何かしらの吐け口が欲しかったのです。



政治不安や経済が良くない時に、問題を外部に向け国民全体で一致団結させることで
国への不満を解消する方法は国が国民をコントロールする上で最も効率が良い方法なのです。
(今でも近所の国で見られるのがその例です。)




積もり積もったドイツ国民の悲しみと怒りの矛先はユダヤ人迫害に向けられ

ユダヤ人を密告することで報奨金もでたこともあり更にその勢いは増し

最終的にはこの3つのアウシュビッツ強制収容所で150万人以上の人々が殺害
されたと言われています。






❖さて、アウシュビッツ強制収容所の中に目を向けてみましょう。


周囲は高い壁と有刺鉄線が張りめぐられ、決して逃げられないようになっています。
TAI_4081.jpg 

TAI_4108_20131024055249bf1.jpg


とても痛々しい有刺鉄線。
TAI_3977.jpg
絶対に逃げられないように2重3銃の有刺鉄線が張りめぐされている。


これを見ると絶望しか浮かばない。
TAI_3980.jpg 

過去実際に逃亡できたものもいました。

しかし、その見せしめとして家族や友人など逃亡者と近い多くの人が処刑されました。


施設内には、28の囚人棟があり一時は2万8000人もの囚人が収容されました。
TAI_3994.jpg
1棟につき1000人。
普通に考えてそんなに入るはずはないが寿司詰め状態だったようです。


この3段ベットにはどれだけの人が寝ていたのでしょう。
TAI_4068.jpg


それぞれの棟には番号を振られています。
TAI_3992.jpg 

”ようこそ”と言わんばかりに、窓が両手を広げているように見えました。
TAI_3991.jpg
見ていて少し気持ち悪くなりました。


入り口も開いております。出られるかは保証しませんが、ご自由にどうぞ。
TAI_4019.jpg 





では当時、「死のブロック」と呼ばれた11号棟に入ってみましょう。

11号棟はほぼ当時の様子をそのまま留めていて、監禁室や拷問室、牢屋など
入ったら”死”しか想像できない部屋が並んでいます。



拷問を受けなくても、

まともな食事は与えられなかったので全ての人が栄養失調でした。 
TAI_4056.jpg
この女性は収容時は75キロあった体重は、開放時には25キロにも激減していました。



この後は、

いくつかの部屋を通ってさまざまな遺品を見ることになります。


これは全部、ユダヤ人たちのメガネ。
TAI_4022.jpg 

こちらは義足や歩行補助の機器です。
TAI_4028.jpg 


これら金ものは、溶かして戦争の武器の生成に再利用します。

ちなみに役に立たないと判断されたユダヤ人はそのままガス室で殺されたので、
メガネより価値の無い存在と判別されておりました。 


山積みになった鞄には名前と年齢・住所が書かれている。
TAI_4036.jpg
入所するときに書かれたものですが、いつかこの鞄が返ってくると思っていたんでしょうね。


随分と小さな靴も集められていました。
TAI_4044_20131022093013c47.jpg
全て色あせて靴が泣いているようです。これら衣類もガス室に送られる前に剥ぎ取られたもの。


施設の中から外の様子が見えました。 
TAI_4047.jpg
次から次へと連行されては、殺され新しい人が入ってくる毎日。

入所した時の選別で家族は離れ離れにされ、ほぼ女・子供はその場で殺されましたが
その事実は知らされず、今もどこかで頑張って生きてるという望みを持って生きて過酷な労働に耐えていたひとがいます。

労働用に生かされたほんの一部の人々はこの窓から何を眺めていたのでしょうか。



アウシュビッツの犠牲者は、赤ちゃんであっても例外ではありません。
TAI_4057_2013102209301648d.jpg 

とりわけ双子の赤ちゃんは重宝され、人体実験の対象となりました。


双子の赤ちゃんはお互いが拒絶反応が低いことを見越してでしょうが、
背中を縫い付け合体させシャム双生児を作る実験がされました。

アウシュビッツ収容所が解放されたとき、たくさんの子供が出てきましたのですが
その中から、この合体させられた双子が泣き叫びながら出てきたその背中は
膿だらけで、このこの親は涙ながらに首を絞めて昇天させてやったそうです。


他にも、
瞳の色を変更する実験、人体の様々な切断、性器の転換なども行われていたそうです。





❖アウシュビッツで最も恐ろしいのは、
その効率の良すぎる計算しつくされたシステムにあります。


まずは額縁に入ったこの写真をご覧ください。TAI_4063.jpg
ほとんどの人は、入所すると同時に丸刈りにされました。


写真の98%ほどは女性であっても丸刈りですが、
ほんの一部は右の写真に見られるように長い髪があります。

これは一部故意に特別待遇することで、スパイがいるんじゃないかという疑いをかけさせ、疑心暗鬼となり仲間内に一致団結して反乱を起こさないようにしたのです。 



他には

・同じユダヤ人の囚人のなかに序列を作り、食事や待遇などで特別視する。

→当然、待遇の良いものはアウシュビッツのシステムに従順になり、下のものを押さえつけますので不満などはアウシュビッツではなくこの序列の上のものに向けられます。

・囚人の中から囚人のトップを決めて、その囚人の管理をさせる。




これらは全てアウシュビッツに強制収容された人の連帯を防ぐためです。

自分を苦しめるのがドイツ人ではなく
仲間であるはずのユダヤ人であるならばやりきれないでしょうね。





❖最も顕著に現れていたのが、シャワー室だったかもしれません。  


まず入所してきたユダヤ人は
”シャワー浴びる”という流れでこの地下室に来ました。
TAI_4098.jpg
この薄暗いシャワー室。

実はシャワーの蛇口はあるのですがこれは油断させるカモフラージュです。
この密室にチクロンBという殺虫剤を送り込み、20分ほど苦しい思いをして死に至らせます。



毎日数千人がこのガス室にやってきましたが、その管理をさせられたのがまたユダヤ人。

ユダヤ人によってユダヤ人を殺させる現実が起こっていたのです。



わざわざ何十時間もかけて連行され、

役に立たないゴミと判断された75%程度のユダヤ人は何の記録も残されず死んでいきました。



死体からは金歯や指輪、ピアスと奪い、最後に髪の毛を切ってベットを作りました。



そして用の無くなった死体は、そのまま焼却炉へ。
TAI_4102.jpg
毎日フル稼働で1日300体以上は焼かれていたそうです。

その殺したユダヤ人を処理するのも同じユダヤ人の仕事でした。
さぞやいたたまれない気持ちだったでしょうね。 胸が痛くて涙が出てきそうです。





まさに地獄をそのまま現実にした世界ですよね。

ですがそんなアウシュビッツもドイツ人兵士にとっては天国だったようです。


アウシュビッツは前線と比べ死ぬ確率が低く、実際の仕事はユダヤ人にやらせていたので罪悪感すらなく、自分たちは楽な生活であり、女性兵士とも戯れる余裕すらあったようです。


特にここの所長であるルドルフ・ヘスは家族をこのアウシュビッツの側に住まわせ
子供をこの大量殺戮現場の目と鼻の先で遊ばせるほど平和な生活を送っていたそうです。


自然を愛し庭先の植物も大事に手入れしていたルドルフ・ヘス。

なぜにその愛の手をユダヤ人に向けられなかったのでしょうか。


❖ルドルフ・ヘスは戦後1947年アウシュビッツの地で絞首刑となりました。
TAI_4093.jpg 
最後の言葉は「上の指示に従っただけだ。」




◆  ◇  ◆



実はまだ続きます。

ちょっと頭が痛くなってきましたが、


この後はビルケナウと呼ばれる第2アウシュビッツにやってきました。

TAI_4133_tonemapped.jpg 

アウシュビッツよりは2キロほど離れ、さらに広大な土地には300棟以上の建築物があります。



まさに殺人工場と呼ぶに相応しいこの施設は

1941年に建設が開始され、1945年にソ連軍によって開放されるまで百数十万人の命が奪われました。



毎日、毎日、次から次へと連れてこられた線路。
TAI_4117.jpg 

乗ったら最後、二度と引き返せない死のトロッコ
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終戦間際、ソ連が攻めてきた時に

必至に証拠隠滅を図ろうとドイツ軍はこのアウシュビッツを破壊しようとしました。


この下にも巨大なガス室がありました。
TAI_4158_-001_tonemapped.jpg 



ソ連が攻めてきた当時、
収容所には生きる屍となった7000人程度しか残っていませんでした。


特におぞましいのは、このガス室。

連日のように何千人もすし詰め状態でつめ込まれたガス室では、
死亡した後も死体は直立したままだったそうです。



ここは収容された人たちの寝床。
TAI_4187.jpg


すきま風は吹き放題で、冬場には-20度にもなりますが、暖房機器や毛布などはない。TAI_4189.jpg
彼らに与えられたのは、藁(ワラ)。


まさに馬小屋。

食事も与えられずここにギュウギュウ詰めで寝かせられていたことを考えれば馬以下です。


更にこれが便所です。
TAI_4182.jpg
穴は沢山あるのですが、下水が整備されているわけではないので垂れ流しで不衛生極まりないです。
臭くて寝ることもままならなかったでしょうね。




毎日の強制収容では、自分たちの収容所を作る以外には

穴を掘りそしてそれを埋める。


そんな意味のないことを繰り返しもしていました。

そう、殺戮が目的だったので生産性も何もないのです。



いつの日か「頑張っていれば出られる」という希望は消え失せるでしょう。
TAI_4172_201310241327350f6.jpg 

ただ現実逃避と今を生きることで精一杯だったでしょうね。
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ぼくが印象的だったのでは、ユダヤ人のグループに出会ったこと。


”平和のために許しの種を” と書かれたTシャツを着ていました。
TAI_4183.jpg 


過去の大罪を知り、許すために

このアウシュビッツにやってくるユダヤ人グループがいます。



過去60年の間、この事実を受け入れられずにずっと苦悩に喘いでいたひとたちがようやく最近になってここに来られるようになったそうです。

本当の意味ではここから和解し、前に進んでいけることを心から願います。





そして僕たちはアウシュビッツを後にします。
TAI_4191.jpg 



アウシュビッツを訪れたひとの意見のほとんどは、

ドイツ人の残虐な行動について怒りを通りこした悲しみを覚えたことでしょう。



こんなことが二度と起こらないよう強く願ったでしょう。

この記事を読んでくださった方はどう思いましたか?



.........................................................



ただね、ぼくとしてはもう少し知ってほしいことがあるのでお話を続けます。

このホロコーストと呼ばれる大虐殺では罪のない一般人が亡くなりました。


これは絶対に許されることではないけれど

戦時中に残虐なんてのは世界の各地で起こっているのです。


人体実験?罪のない民間人の虐殺?それはどこにでもありました。

それにロマ(ジプシー)の迫害なんてのはヨーロッパでは今でも残ってるけど、当時も今と同じで煙たがれれる存在と変りなくナチスがロマを回収する様子を見て見ぬふりをしていたのは戦勝国も同じです。いらない存在と定義したのは何もドイツだけではないのです。

更に同性愛者。
これも未だに迫害があります。自分が同性愛者と告白しそれでこれが原因で殺される事件なんて今もあります。





旅をしていて、

ドイツ人と日本人は戦争が大好きな野蛮人と言われたことがあります。



そもそも、第二次世界大戦においてドイツが侵攻した時になぜ他の国まで参戦する必要がある?

領土の拡大なしに自国の防衛に徹すれば良いだけなのに、戦争を利用して富国強兵を願ったのは別にドイツだけではないでしょ。

そして当時、ドイツが発端になった世界大戦だけど
世界地図を広げればほとんどがヨーロッパの植民地です。


さらに前は南米だって、北米だって、ニュージーーランドもオーストラリアも原住民いたでしょ。



植民地化するときにどれだけの人を殺してきたのか。

それは許されるのか?





この直近の20年でさえ、さまざまの戦争がありました。

ルワンダの悲劇も、ユーゴスラビア紛争も、中東の戦争全般・・・

(周辺先進国のの利害が大きく関与しておる戦争です。)



日本は親米国家と言われており、個人的にぼくもアメリカは好きですが

原爆は許されるのですか?



以前、旅先で出会った学生が日本が戦争したので原爆は仕方ないと言ってました。

戦況は明らかで、放っておいても日本は敗戦するのは確実だった時に落とされたのです。

つまり原爆なんて必要なく日本は負けていたのです。
それこそ虐殺ですが誰か謝りましたか?



近年も中東地域で何か問題を見つけては米兵が出兵していますが

無実の罪で拘束されたイスラム教の女性が数多くレイプされていたのは御存知ですか?


日本では問題になっていませんが、海外では有名です。
この地域ではレイプを含む性交渉は死刑宣告と一緒なんです。

正義の上には必ず隠れて悪も存在しています。





今回、ドイツが負けたことで全ての”悪”を敗戦国に押し付けているけど

それが逆だったらこのアウシュビッツはどうなっていたでしょうね。


白を黒に、黒を白にするのが戦争です。

勝ったものがその権利を有し、負けた側は罪が何倍にもなります。



実際にアウシュビッツでの死者数は130万人~600万人と言われています。

漠然としているのではなく、政治背景で変動しているのです。






何が言いたいかというと、長くなってしまいきりがないので途中で終わりにしますが

全てを一面だけで見て判断はしてはいけないと思うのです。



”もう二度と同じ過ちは繰り返さないように”なんて言葉はよく聞きますが

実際に今現在でも無くなっていないのです。



このアウシュビッツの断片的な悲劇を見て悲しみにふけるのではなく

もっと深く広いところで考える問題だと思いました。





❖最後のアウシュビッツの写真❖
TAI_4084.jpg

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今日も読んでくれてありがとうございました。
TAI_4163_-001_tonemapped.jpg 



あとがき
この話は、ユダヤ人やドイツ人も含めいろんな国で出会ったひとと実際に対話して思ったことを書きました。
だけど、正直複雑すぎて書ききれないことで誤解を与えてしまう一面もあると思います。本当は日本についても絡めて書こうと思いましたが、長すぎて今回はやめましたが、この衝撃的な場所は改めて考えるきっかけになる場所です。アウシュビッツでは中谷さんという日本人の方がガイドをやられており、とても中立的な立場で説明してくださるので、もし機会があればお願いしてみるとこを強くおすすめします。




トラブルがあったこと、体調がここ一週間悪いことを含め、この記事を書くのが億劫で久しぶりの投稿でした。

でも頑張ります。




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恋人と来たいNO1のランタン祭り

<ポーランド編その2 ポズナンのランタン祭り>




チェコのプラハから、ポーランドのポズナン
にやってきました!

ポズナンってなに??


そんな言葉が飛んできそうだけど、ぼくも知りませんでした。笑




ポズナンはポーランド西部に位置する、ポーランド最古の都市の一つで、

中世ポーランド王国の最初の首都だそうです。
(かなり歴史はある。)



ポズナンに到着しホステルにチェックイン(宿情報は最後)しますが、

観光する場所がどこなのかも知らないのでとりあえずプラプラしてみます。笑




なんだかんだ一番感動したのは、このイチゴの路上販売かな。

やっぱり食べ物です☆
TAI_3349_201310210849111a7.jpg 

地元のポーランド人がすごい勢いで並んでいたので

ぼくもノリで並んでみたんですけど、これは大正解でした。


1キロ200円の特大イチゴTAI_3343.jpg
めちゃくちゃ安い!

紙袋いっぱいモリモリの苺が1キロなので、
食べ過ぎて腹を壊したことは言うまでもないです。




そして、適当にお昼ごはんを作ってまずは力を蓄えます。

そういえば、最近どんなものを食べているのか知りたいというご要望をコメントにもらったので軽く紹介しますね。



❖ピロシキの焼き餃子風
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ポーランドなど中欧・東欧諸国はロシア圏だったのでロシア料理が一般的です。
ピロシキもその1つですが中にクリームチーズとイモが入っていて、やっぱりスープがいいかも。笑


❖エビとズッキーニのトマトパスタ
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パスタは定番ですよね。なんだかんだ海外で食べるパスタはうどん並にぶよぶよしてるので
自分で作ったほうが美味しいです。

残念なことに、東欧・中欧は外食にはそんなに興味が出なくって自炊でした。
あとは驚いたのは中華レストランが多かったってことかな。どこにでもありました。





..............................................................



さて、しっかり晩ご飯までエネルギーを充電したところで

いよいよバルタ川に向かいます。



ここで今日のイベントを発表しましょう☆



実はこのポズナンにはランタン祭りに参加しに来たのでした!

名前はNoc Kupały。


ぼくはこの祭りの情報は一切なかったんだけど、旅人の交流ってすごく大事ですよね。

モンテネグロの宿で知り合ったゆうたがこの祭りのことを教えてくれたんです。



❖こちらがその会場になるパルタ側の河川敷です。
TAI_3358_201310190853186f7.jpg
この赤やオレンジ、青色のがランタンです。

初めて見ましたがこれが空を飛ぶ??そんな驚きがありました。


お昼すぎからこういったランタンを買ったり、キッズコーナーで子どもたちを見たり

出店があるので、ビールやソーセージを食べて時間を潰します。


TAI_3361_20131019085322ae6.jpg 



実際、ランタン祭りは何時から始めるよーとかは具体的には決まっていません。

すごく緩いですが、単純に”日が沈んで暗くなったら”がサインのようです。  


日没は20時半くらいなのでかなりのんびり。 日が長いなぁ。


町ではアルコール販売店ではいくつもの行列を目にしました。
TAI_3371.jpg
お酒なんてどこでも買えると思ってたけど、ぼくも並んででも買っておけばよかった。


会場のビールは高いし、

場所の確保も必要なので十分に時間を潰す時間があるのです。



おーこっちもすごい行列。TAI_3376.jpg
っと思ったらトイレですね。なんと30分待ちだそうです。事前に行っていくべし。


18時を過ぎ、

まだまだ日没は先だけどこんなにひとでいっぱいです。
 

TAI_3389.jpg
こりゃあ、迷子になるな。



やっぱりこういった祭り事は、一人じゃ寂しいよね。

たまたまホステルで出会った旅人と意気投合したので一緒にやってきました。


TAI_3372.jpg
みんなで「なぜ?この宿を選んだか!」それで盛り上がってたんです。
やっぱりロケーションと値段、評判を計算して宿選びをしていたんですねw


わー最近はずっと一人だったので、久しぶりに自分の写った写真を見た気がする。




❖ そしていよいよ日没です。


曇の日だったので太陽がどこにあるかわからない状態でしたがこの写真の明るさで

21時半くらいです。随分と日が長いですよね。



シビレを切らした人たちがポツリポツリとフライングを始めました。
TAI_3405.jpg
ちょっまだ早いよぉ。



ですが、地味にぼくはこの様子を注意深く観察。

だってランタンなんて初めて見たし、どうしてこんなものが空に飛ぶかもわからない。


同じくフライングした日本人の男の子がランタン飛ばしに失敗して、

飛ばしたランタンがテントの上で炎上しているのを見て、思わず顔を伏せてしまったw





❖1つわかったこと。


ランタン飛ばしは簡単ではない!


大きな紙袋の中心の台座には小さなロウソクがあり、
これを燃やし十分にガスが溜まるまでずーーーっと待たないといけないのだ。


もちろん一人では飛ばせない。

ランタンが膨らみきれいな形になるまでみんなで支えなければいけないのだ。



待って待って待ちわびて、ここでもかってところまで我慢してランタンを放つ瞬間。
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見ているものを魅了する一番の瞬間かもしれないです。
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そして暗くなると同時に徐々にランタンの数も増えてきました。
TAI_3515.jpg    
空もうっすらピンク色に染まり、一面はランタンでカラフルな世界です。


注意)
始めに言っておきますが
たま~にガスが溜まりきらずに飛ばされたランタンが急降下して頭上にアタックしてきます。要注意が必要です。笑



そして夜の10時過ぎる頃にはこのランタン祭りもピークを迎えます。


TAI_3612.jpg 




この時は最高のランタン祭りの様子を写真に収めようとポジションを

探していたのですが

この時間にもなると人混みが凄すぎて動きまわることはできません。




とにかく広いんですよ。笑


結局一番のポイントは、一段高いところから見下ろす橋の上や道路からかもしれませんが
既にポジション取りは不可能。

なんだかんだ言って、最初に目標にした場所と土手を行ったり来たりしてました。



さあ、ランタン祭りをお楽しみください♪
TAI_3641_201310190909278a6.jpg 

TAI_3643_1 (2)    

TAI_3643_1.jpg


赤や黄色や、オレンジや緑や青などさまざな色のランタンが空を彩ります。

こんな光景を見たのは初めてで思わずアドレナリンがぶわぁ~っと出て

興奮しっぱなしです。



まるで空にカラフルな天の川を見ているようでした。
TAI_3655.jpg

TAI_3667.jpg


写真は正直撮るのはちょっと難しかったです。

やっぱり動くし、夜なのに三脚も使えないし、画質は落としたくない・・・


でも写真に夢中になったらランタン祭りも楽しめない!
ジレンマでしょw

TAI_3669.jpg 

もう夢の世界にいるんじゃないかって思ったほどです。
TAI_3708.jpg


今度はランタンを飛ばす人々に焦点を合わせてみます。
TAI_3718.jpg
ランタンにガスが溜まるのをじっくり待っています。


何がいいってやっぱりこの灯りを見つめる時間かな。

おそらくほんの数分なんだけど、ロウソクの火がゆらゆら揺れとっても長く感じます。


そして、
ランタンがちゃんと飛んでくれるかな??

そんな不安を抱きながらランタンを闇の中に放つ。

TAI_3721.jpg
空を見上げ、ゆっくり天に登るランタンが闇夜を照らしたら成功です。
みんな思わず笑みが溢れる。


❖親子で挑戦したランタン飛ばし
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とっても不安そうな顔をしていますね。

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落ち着てね。きっとちゃんと飛ぶから。

❖バックグランドはこんなにひとがいっぱい。
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❖さて、今度はぼくも飛ばしてみようかな。

いつの間に、ロンドン留学中の日本人の女の子が合流してましたw
TAI_3765.jpg 

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やっぱりみんな笑顔になります。ワクワク♪

どこからともなくゆうたも合流。
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そしてぼくも参加。
            
わかってはいてもジリジリ待つこの時間がじれったいw
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そして夜空に放つ。
TAI_3895.jpg

もう最高です。この瞬間。

みんなでわ~~って歓声が上がって拍手しちゃいました!!




しかし、改めて思うのは

なんてロマンチックなイベントなんでしょうね。笑



だって、2人でこのランタンを見つめ合いながらの共同作業。
TAI_3858.jpg
見ていて胸がくすぐったくなるくらい、ドキドキする。ラブラブな眼差しがお熱いです。

愛の共同作業と、ドキドキの吊り橋効果もあります☆
TAI_3619.jpg
 
TAI_3868.jpg 



とにかく、ランタンを見つめるみんなの眼差しが

すっごく素敵でぼくまで幸せな気分でした。


こんなイベントが日本にもあったらなぁ。

TAI_3901.jpg

TAI_3900.jpg  

     
さて、残念ながらそろそろランタン祭りも終了です。


23時半を過ぎたところでポツポツみんなも解散しました。
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特にスタートの合図もなかったが終了の合図もない。笑

ちょっゴミ!!笑
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現実に戻る瞬間ですね。




また来年に来たいなって心から思うお祭りでした。

ぜひ次回は大好きなひとと!笑



❖最後に今日の写真まとめ❖
z (3)


z (2)


z5.jpg


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今日も読んでくれてありがとうございました。



最近、ほんと更新ができなくってすいません。どうしても時間がない。

それでも今晩は一睡もせずに書き上げました。



次回も更新できるよう頑張るので応援のほうよろしく願いします☆


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最後にポズナンの安宿情報
Blooms Boutique Hostel & Apartments
祭りの会場にも比較的近く、安いしきれい。スタッフが良い。部屋に空きがあると客を詰め込まず4人~6人ドミを一人で使わせてくれるとう気前良さがある。偶然この宿で出会った日本人はみんなドミを一人でもらって個室状態でした。wifiフリー.キッチン有り。値段は4人ドミ45~50PLN。

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今日もちょっとお休みします。




題名のとおりです。

連続の移動の移動が続き、記事を書く時間が全くありませんでした。



全部で30時間を余裕で超える移動だったのですが、

時差がありまくりで頭もぽわ~っとしてます。



それでも2日連続で何もアップできないのもシャクなので

次回の記事の予告です。




TAI_3641.jpg
どうだっ!!





ここはどこでしょう?

タイのロイクラトン祭りではございません。




それでは次回をお楽しみにm(__)m

今日もブログを気にかけてくれてありがとうございました。




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